インポスター症候群とは?症状や診断方法、主な原因、予防法を解説
この記事のポイント
- インポスター症候群とは、成功しているにもかかわらず「成功したのは能力ではなく運のおかげ」と過小評価する傾向が強まる心理的状態です。
- インポスター症候群の方のおもな特徴は「自己評価が極端に低い」「チャレンジをしない」「成功への不安感が強い」「人とのかかわりが苦手」などが挙げられます。
- インポスター症候群の人は自分に自信がなく、チャレンジを恐れる傾向がありますが、自分を褒めたり過去の成功を振り返ったりすることで気持ちを前向きに修正することが可能です。
目次
インポスター症候群の意味とは?
インポスター症候群(impostor syndrome)とは、自分の能力によって成功しているにも関わらず「成功したのはスキルや努力のせいではなく運のせい」「過大評価されている」と思う心理的状態をさす言葉です。精神疾患名ではありません。
インポスターは英語で「詐欺師」という意味です。まるで詐欺師のように、実際以上に自分を大きく見せて、周囲の人を欺いている気分になってしまうのが特徴です。1978年に『成功した女性達におけるインポスター現象』がイギリスの心理学者であるポーリン・R・クランスとスザンヌ・A・アイムスにより発表されたのが始まりといわれています。
インポスター症候群とは?症状や具体例
インポスター症候群の人は「自己評価が極端に低い」「チャレンジをしない」「成功への不安感が強い」「人とのかかわりが苦手」などの特徴を持ちます。
以下で、それぞれの内容を解説します。
自己評価が極端に低い
インポスター症候群の人は「自分に自信がない人が有能であるはずがない」と考え、自己卑下する傾向があります。
有能な人ほど自分の無知を自覚しているため、自己評価が極端に低くなるものです。このように、能力の高い人ほど自分の能力を過小評価する傾向があることを「ダニング・クルーガー効果」と呼びます。
一方、自己評価をする際に、ある特定の分野で評価が低いと感じたときに、全体の印象まで悪い方向に歪めてしまうことを「ネガティブハロー効果」と呼びます。
参考:カウンセリングしらいし 事実を歪めてしまう認知バイアスのまとめ
チャレンジしない
インポスター症候群の人は「少しでもミスをしたら失敗」であると完璧主義的に捉える傾向が強いため、「失敗をする可能性が少しでもあるならチャレンジしたくない」と考えます。
何かチャレンジが必要なときは、周到に準備をして「絶対に成功できる」と確信できるまで取り掛かろうとはしません。インポスター症候群の人は、失敗することが非常に痛手だと感じる傾向があります。成功している部分が多少あったとしても、少しの失敗で忘れ去られてしまうのです。
成功への不安感が強い
インポスター症候群の人は「自分の成功は努力ではなく運のおかげ」と考えます。そのため「偽物の成功によって、周囲の人を騙している自分はペテン師だ」という感覚がつきまといます。そのため、周囲の人から賞賛されるたびに「自分は褒めてもらえるほど優秀ではない」と思い悩むわけです。
本当に成功した場合でも「いつか失敗して無能さがバレる……」と恐れを抱きます。また、自分の無能さが周囲の人にバレないよう、完璧に仕事をこなさなければならないと思い込み、苦しむこともインポスター症候群の特徴です。
人とのかかわりが苦手
インポスター症候群の人は、第三者からみて客観的には成功している状態であることが多いです。それにもかかわらず「成功は努力のおかげではなくまぐれ」と考えます。謙遜しすぎると、自己卑下につながります。
仕事の昇進や飲み会など、自分に注目が集まるイベントは息苦しさを感じるので避けがちです。また、会議で発言をしないといった賞賛や悪目立ちを避けるための行動が、ますます人とのかかわりを遠ざける悪循環を生みます。
インポスター症候群になる主な原因
インポスター症候群につながる主な原因としては、成功や失敗の変化を恐れることと、教育方針や家庭環境などの要因が考えられます。特に教育方針や家庭環境の問題は、日本社会の風潮や家庭内の文化に関わる根深い課題だといえるでしょう。
ここでは、インポスター症候群になる主な原因をご紹介します。
心理的要因:成功や失敗の変化を恐れる
インポスター症候群になる1つ目の原因は、成功や失敗の変化を恐れることです。
成功するにしても失敗するにしても、何らかの変化が生じることは避けられません。一度成功すれば、その後も成功し続けなければならないというプレッシャーを感じます。一方、失敗すれば、自分の無能さが表に出る恥ずかしさを覚えるでしょう。
そのため「自分が挑戦をしなければ、成功か失敗のどちらかに転び、いやな思いをする機会を減らせる」と、誤った認識をしてしまう傾向があるのです。
文化的要因:教育方針や家庭環境
2つ目の原因は、教育方針や家庭環境です。
日本には謙遜を美徳とする文化があり、褒められても謙遜し、心の中で自分への良い評価を否定する傾向がみられます。評価をそのまま受け止めることは、図々しいと思われかねないという考え方が蔓延しているためです。このような文化的な背景は、インポスター症候群の生じる一因となり得ます。
特に女性は「家庭的で控えめであるべき」という教育方針のもとで育つ人が一定数いるため、「出る杭は打たれる」と周囲の人と比べて能力が抜きん出ることを避ける傾向がみられるでしょう。
参考:NHKみんなでプラス 女の子なんだから 女子の自信を砕く呪いの言葉
インポスター症候群に男女差はある?
インポスター症候群には、特に男女差はありません。
1978年に『成功した女性達におけるインポスター現象』がイギリスの心理学者であるポーリン・R・クランスとスザンヌ・A・アイムスによって発表されたのがインポスター症候群の始まりです。そのため、当初は女性に特有の心理状態であるといわれていました。
しかしその後の研究により、インポスター症候群である成人に、特に男女差はないことが明らかになりました。
参考:藤本哲史(2018).「自然科学領域における女性有期雇用研究者のインポスター現象に関する研究」『挑戦的萌芽研究』
インポスター症候群の予防策、克服法
インポスター症候群の予防策や克服法としては、自分を褒める、褒められたら受け止める、過去を振り返る、「今」に集中する、自分も他者も完璧を求めないといった方法があります。特に、できなかったことよりも、できたことに目を向けることがポイントです。
ここでは、インポスター症候群の予防策や克服法を解説します。
自分を褒める
人間にはもともと、ありのままの自分を褒め、認め、自己肯定感を育みたい気持ちが備わっています。後者の自己肯定感を育むための簡単な方法として「自分を褒める」ことを、ぜひ実践してみてください。
内容はささいなことで構いません。近年は、アプリで褒めの記録をつけられ、内容を指定するとAIに褒めてもらえるため、活用してみるのも1案です。
参考:Never Inc 「褒め言葉日記 メンタルケアで褒める日記アプリ」
褒められたら受け止める
普段から褒められたら一旦、言葉を受け止め、リアクションをするようこころがけましょう。周囲の人の褒め言葉をすぐに否定してしまうと、せっかくの好意を跳ね返すことになり、人間関係がぎくしゃくしてしまいます。
上司や部下に褒められたら「嬉しいです」「光栄です」「ありがとう」など、スマートに返せるようになると、自分も相手も気持ちが良いものです。
過去を振り返る
これまで自分が成し遂げてきたことを思い返すことは、インポスター症候群の自己卑下を和らげるのに有効です。TaDa(じゃーん!)リストを使ってみましょう。TaDaリストは、うまくできたことや、達成した成果を記録するリストです。
内容は大したことでなくても大丈夫です。「月曜日に眠気を振り切ってベッドから起き上がることができた」「会議に出席し発言ができた」など、思いつく限りに記録します。
参考:エマ・ヘップバーン(2021).『心の容量が増えるメンタルの取扱説明書』.ディスカバー・トゥエンティワン,p292.
「今」に集中する
評価にとらわれず、目の前の課題に集中するためには「マインドフルネス」が有効です。マインドフルネスとは評価や判断をせずに、今この瞬間の心身の動きや目の前で起きていることに目を向け、生きることをさします。
もし、頭の中に「自分なんて大したことない」という気持ちが湧いてきても、その気持ちをなんとかしようとせず、あるがままに受け止めてみてください。頭の中で「今、自分は〜と思っているらしい」と実況中継をしてみるのもよいでしょう。
参考:東京マインドフルネスセンター 「マインドフルネスとは」
自分も他人も完璧を求めない
誰しも失敗したくないと思うため「目標を達成して自分を認めたい」と願うものでしょう。私たちは仕事や家庭、趣味など全てがうまく回せていないと、つい「うまくいっていない」と判断しがちです。
しかし皆、何でも器用にうまくこなせているわけではありません。うまく対処ができないこともあって当然です。「定期的にうまくいかないこともあって当然」と自分に言い聞かせましょう。
人事ができるインポスター症候群の対策
人事担当者がインポスター症候群の従業員に接する場合にできるとよいこととしては、否定しない社内文化作り、具体的なフィードバック、定期的な1on1ミーティングでのフォロー、達成目標の明確化などです。以下で、それぞれの内容を確認しておきましょう。
否定しない社内文化をつくる
人事ができるインポスター症候群の対策の1つが、否定しない社内文化をつくることです。
インポスター症候群の社員は優秀であっても、繊細な一面も持ち合わせています。そのため、評価には敏感なため、否定的な言葉をかけるのは禁物です。
その代わりに「コンプリメント」を意識できるとよいでしょう。コンプリメントとは、相手を認め、ねぎらい、良い点を評価することを通じて褒めることです。
参考:ホリティックコミュニケーション実践セミナー コンプリメントという技法
具体的なフィードバックをする
どのように行動すべきか、具体的なフィードバックを行うことも、社内のインポスター症候群対策には効果的です。
ただし褒め言葉が直接的すぎると、素直に受け取ってもらえないことがあるかもしれません。そのような場合は、褒め言葉を直接的なものから間接的なものへ変えるのがおすすめです。
例えば「会議の質疑応答の際、あのように冷静に話ができるのはなぜですか?」といった言葉がけを行いましょう。成功の要因を尋ねることは間接的な相手の肯定につながります。
定期的に1 on1ミーティング、フォローを行う
悩みや課題を1人で抱え込ませないためにも、定期的に1on1ミーティングを行い、メンタル面のフォローを行うことはインポスター症候群の従業員を支えることにつながります。
仕事を遂行するうえで不安なことがあれば、早めにガス抜きをすることでパフォーマンスアップにつながるでしょう。完璧主義な傾向が強いため、スモールステップで課題の達成につきあうのがポイントです。
達成目標を明確にする
インポスター症候群の人は、目標を明確にしておかないと、際限なく成果を求めてしまい苦しくなりがちです。そのため、達成目標を明確にするのがおすすめです。目標を達成できたかどうかという視点で、自身の働きを振り返れるようになります。
目標はスモールステップで、可能であればできたことや成果を振り返りながらステップアップできるとよいでしょう。
インポスター症候群の診断サイト
下記リンクのインポスター症候群の評価ツールを使うことで、自分自身のインポスター傾向を調べることが可能です。
20問の質問に対して、1「全くない」、2「ほとんどない」、3「時々ある」、4「よくある」、5「いつもそうである」のいずれかに回答し、合計点数が高いほどインポスター傾向があるといえます。
40点以下はインポスターの傾向なし、41〜60点は微妙にインポスターの傾向があり、61〜80点はインポスターの傾向があり、80点以上はインポスター傾向が高いといえます。
参考: EM Alliance インポスター症候群の評価ツール
もっと詳しく!インポスター症候群に関するおすすめ論文と要約
以下は「インポスター症候群」に関する最新の研究論文の要約です。
- インポスター症候群は、実績にもかかわらず自己の成果に疑念を抱き、詐欺師として露見することを恐れる心理状態を指します。この症候群は、OCDから派生している可能性があり、自己証明に対する強迫観念と、実際の自己向上との間に矛盾が存在することが示唆されています(Hozez, 2020)。
- 医師や医学生の間で増加していると認識されているインポスター症候群は、バーンアウトや自殺率の増加と関連があるため、特に問題となっています。このスコーピングレビューは、医師と医学生の間でのISの有病率、範囲、関連要因を分析し、将来の研究の方向性を特定しています(Gottlieb et al., 2020)。
- インポスター症候群の経験は、特に少数民族グループや女性、高い成果を上げる人々の間で一般的であり、これらの感情が職業上のパフォーマンス、満足度、バーンアウトに与える影響についての研究が求められています。治療法に関する公開研究はまだ存在しないため、臨床医や雇用主は専門職の間でのISの有病率を認識し、これらの感情と一般的な共存疾患を評価することが重要です(Bravata et al., 2019)。
これらの研究は、インポスター症候群に関する理解を深め、研究者や医療従事者に対して、この症候群をどのように扱うべきかについての洞察を提供しています。
監修者の編集後記 -インポスター症候群について-
「もしかしたら、インポスター症候群かもしれない」という従業員がいた場合は、どのような心理傾向なのかを本人へ共有したうえで、セルフチェックを実施するのが賢明です。
インポスター症候群の従業員へ人事ができる対策としては、否定しない社内文化作りや具体的なフィードバック、達成目標の明確化などが挙げられます。従業員のできたことを褒め、頑張りや成果を認めることで、少しずつ自信をつけて胸を張れるように促してしていけるとよいでしょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。